


僕の子どもたちが大人になっている2030年には、「周防大島のどのムラにも、子どもたちの笑い声が聞こえて来るために。」を実現させるために生きている。
1. 工事現場とユンボ
周防大島の土建屋、今年で創業57年「大野工業」の長男、そして跡継ぎとして1978年に生まれる。
小学生の頃から、跡継ぎの坊ちゃんとしてまわりの大人たちが気を使い、チヤホヤされている状態が
不快だった。一つ下に妹がおり、中学生の頃、二人で父の測量の仕事を手伝うが、妹がほうが器用で
要領がよく、僕はほめられなかったので、土木技術者として跡を継ぐ自信を持てない幼少期を過ごす。
2. 油田中学校卒業
中学3年生の頃、周防大島の旧東和町は高齢化率41.5%で日本一高齢化した町というのを広報誌で
知り、当時NHKのニュースで流れた2050年の日本の高齢化率より高かったのが、衝撃的だった。
そしてその頃、偶然読んでいた「世界の村おこし・町づくり」という新書にあった、カルフォルニア
州ロスムアにある、退職後の第二の人生を提供する「リタイアメントコミュニティ」という町づくりを
知ったことで、日本の半世紀先を行く周防大島に、日本版リタイアメントコミュニティという地域開発
を行い、自分はそのプロデューサーになることで土木技術者になることもなく、将来、公共事業が減っ
ても大野工業は安泰だし、雇用も生み出し島おこしにもなると確信した。そして、中学3年生の時に、
島おこしプロデューサーになることを志す。
3. 景観設計
中学卒業後は、島を出て広島の崇徳高校という男子校に進学し、一人暮らしをしながら
ラグビーをはじめた。その頃は、ラグビーボールを追いかける毎日で、島おこしの事を考
える余裕があまりなかったが、大学は大阪芸術大学の環境デザイン学科へ。入学前から、
卒業制作は「リタイアメントコミュニティ」の設計と高校時代から決めていた。
就職は、公園設計を行う、大阪の建設コンサルティング会社へ。将来、島に帰り「リタ
イアメントコミュニティ」をプロデュースするという目標は続いていた。ただ、ちょうど
2000年からADSL等のブロードバンドが始まり、これからはインターネットの時代だと
強く感じ、入社1ヶ月で社長へ、住空間設計インターネットコンペという新規事業を提案
するが、若気の至りで生意気が過ぎ、社長と喧嘩し三ヶ月で退職。「お前はあたまでっか
ちや、インターネットのことやりたかったら、インターネットの会社に行け!」という会
話が最後だった。実質クビだった。
4. スーツの会社員時代から自由の身へ
そして、次の日から転職活動を始め、翌年2001年2月5日(誕生日)に東京の
インターネットベンチャーへ企画営業マンとして転職、23歳にして手取り28万
円という給料をもらいながらも、ホームページの作り方さえも知らず無謀にも、
毎日電話営業200件、外回りをして家に帰ると夜中の12時。という生活を1年間
続ける。
1年間頑張ったが、成果を出せずクビになりかけたが、その時、恩師となる
ホームページ制作会社、有限会社スーテイジの文野恭男社長に拾ってもらう。
この出会いが、人生最大のターミングポイントになった。
社長宅へ泊まり込み、奥様に夕食をいただき、3歳の息子が泣く夜はだっこした。
家に帰るのは週に2、3回だった。徹夜は当たり前、時には、48時間業務にも挑戦
した。その会社で初めて人と一緒に働くということを学ばせてもらった。それと、
恩師に「大野くんの本当にやりたいことは何?島おこしじゃないの?何をしたいの?」
と毎晩語り合い、島おこしへの志を思い出した。
9ヶ月の出向後、元の会社へ戻るが、ひとつの業務ミスをきっかけに社長から
「もう、フルモデルチェンジしたほうがいいんじゃない?」と辞職を促され、
辞めることにするが、それだけじゃ悔しいので、強引に有給休暇を2週間取り、
会社からの出社催促電話も無視し、付き合いのあった商社からホームページ制作
を受注し、有給休暇中に納品し10万円を売り上げる。納品後、美容院で茶髪にし
て出社し辞職願いを届ける。実質2回目のクビだった。(あの頃は若かった。。)
その後、世田谷区下北沢で自宅事務所のホームページデザイナーとして独立し
ながら、島おこしプランを磨くために、NPO法人ETIC.(エティック)が開催する
「STYLE2003」という社会起業家育成ビジネスプランコンペに出場したり、小室
淑恵(元資生堂トップ営業、現在は株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締
役社長)主催の小室ファミリーにて、プレゼンテーションを修行。この頃、NPO
法人ホームタウンやまがたの運営にも携わりながら、日本全国、それぞれの地域
おこしを志す同世代の若者たちと東京で出会う。
その頃、売上が少ない月は、家賃を支払うと食費がなく、パン屋でパンの耳を
もらい食いつないだ日々もあったが、自分らしく生きているという満足感・充実
感でいっぱいだった。
5. 夕日と銛突き漁の島へUターン
ただ、いつまでも東京にいても島のことは何もできないと感じていたころ母が
入院し、親はいつまでも生きていないと強く感じた。それと、中学卒業後、島を
出てすぐ買ってもらったテレビが11年目にして壊れ、僕の旅も終わったのだと感
じ、2004年7月31日に青春17切符で、故郷、周防大島へ帰った。今から2年10ヶ
月前だ。東京とちがい、空が広い、潜れる海がある。自然を五感で感じられる周防
大島に帰って来てよかったと強く感じた。
6. フリーペーパー島スタイル創刊
帰ってから半年間は、大野工業へアルバイトとして現場に出てヘルメットをかぶり
作業をしたり、工事書類づくりや経理の仕事も手伝ったが、業務中に、島おこしビジ
ネスのことを考え上の空になったり、興味のない仕事をしていると居眠りもしていた。
その頃、取締役である母と、業務中に口論になり、「他の従業員でもできる仕事はし
たくない、自分しかできない仕事を自分でしたいんじゃ!」と大口をたたいた。
測量を手伝った日に、社長である父から「土木の仕事をしたいんじゃったら、与え
られた仕事以上に自分で勉強してやるもんよ。それがお前にはないのお。」と言われ
た。3度目のクビになりかけていた。そして僕は決めた、新しい人に出会うのが好き、
デザインが好き。これを組み合わせ、島で自営業や起業している若者を特集した冊子
を無料配布する広告事業をやることで、少しでも島おこしをやってみよう。それが。
フリーペーパー島スタイルだった。
ただ、資金がないので、ハウジングアンドコミュニティ財団と日本離島センター
の助成プログラムへ応募し80万円ほど資金調達をした。そして2005年2月に創刊、
来月10号目を発行する。2006年4月からは事務所を借り独立、フリーペーパー以外
にも家紋アロハを仲間でつくり90万円ほど売上げたり、山口県若者の出会い事業を
運営したりする中、NHK中国5県版「ふるさと発人口減少社会シリーズ」では5回連
続出演も果たす。
7. 圭司と慶子と杏ちゃんと尽くん
2007年3月22日に入籍し8月1日に百花(もか)が生まれる。
「30年後の周防大島のどの村にも、子どもたちの笑い声が聞こえるために。」を実現させる
ために、僕は生きている。
〜講演・講師関連〜
・京都三条ラジオカフェにて講演(NPO法人ユースビジョン主催 2006.04)
・山口県立奈古高校(阿武郡)にてグリーンライフ科にてゲスト講師(2006.06.16)
・山口県コミュニティ学習会にて事例講演(県民活動支援センター主催 2006.07.21)
・第2回「住まいとコミュニティづくりNPO交流会(東京)」にて事例講演(2006.08.26)
・平成19年度シンクロナイズネット総会&交流学習会にてパネラー(2007.05.26)
・山口県立周防大島高校の総合学習の時間にて講師(2007.06.13)
・山口大学農学部「食・農・環境教育概論」にて講師(2007)
・徳山大学「ベンチャービジネス論」にて講師(2008.05.30)
・山口大学「環境と地域共生」にて講師(2008.06.03)
〜島外イベント参加〜
・しまづくりキャラバン2005〜2008in大阪コーディネーター(国交省・日本離島センター共催)
・島づくり人材養成大学2005in東京(日本離島センター主催)
・しまづくりサミット2006in屋久島 周防大島代表(日本離島センター主催)
・国際島観光政策フォ一ラム(ITOP2006 in済州特別自治道)山口県代表
〜所属団体・組織〜
・大野工業株式会社 島スタイル事業部
・山海空コラボレーションみかん島再生クルー
・金魚島インターネットテレビ ビジネスマネージャー
・山口県男女共同参画審議会委員
・周防大島町商工会青年部
・周防大島町グリーン・ツーリズム実行委員会ワーキンググループ
・山口県男女共同参画審議会委員
・(財)やまぐち産業振興財団の専門家派遣事業登録の専門家
〜資格〜
・山口県認定グリーン・ツーリズムインストラクター&コーディネーター
〜助成採択等〜
・「フリーペーパー島スタイル」2005年度(財)日本離島センター【採択団体/島スタイル編集部】
・「フリーペーパー島スタイル」2005年度ハウジングアンドコミュニティ財団【採択団体/島スタイル編集部】
・「島アロハプロジェクト」2006年度(財)日本離島センター【採択団体/島アロハプロジェクト】
・山口県若者の出会い応援事業2006【採択団体/島内恋愛のすすめプロジェクトチーム】
・「金魚島インターネットTV」2006年度トヨタ財団地域社会プログラム(離島)【採択団体/金魚島インターネットテレビ】
・県民活動まちづくりファンド助成 平成19年度(財)やまぐち県民活動きらめき財団【採択団体/金魚島インターネットテレビ】
・文部科学省平成20 年度科学技術振興調整費の地域再生人材創出拠点の形成プログラム「山海空コラボレーションみかん島再生クルー」【採択団体/大島商船高等専門学校】
〜事業型NPO(島おこし)プロジェクト〜
・島アロハプロジェクト「家紋アロハ(2006年夏季限定)」にて6人チーム90万円売上
・周防大島町商工会青年部「廃校活用プロジェクト」(2007.05〜)
〜地域活動〜
・周防大島町伊保田の盆踊り夜店チーム(伊保田コミュニティCLUB)
・周防大島町伊保田祭りの神輿担ぎ
〜主なメディア出演〜
・東京FM J-WAVE「M+内BLOG ON」(2006.05.23)
・九州朝日放送「るり色の砂時計」(2006.07.02)
・NHK中国五県版「ふるさと発 人口減少社会」シリーズにて全5回出演
・その他、中国新聞等の県内メディアには多数掲載
〜主な執筆〜
・小学館ポータルサイト「ボンビバン ゆっくりと島巡り」にて連載
・(財)日本離島センター「しま」
趣味は、素潜り漁、筋トレ、サッカー、料理