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中国・四国ブロック商工会青年部主張発表大会にて優秀賞を獲得しました!

山口県の商工会青年部の代表として、徳島市で開催された、中国・四国ブロック
商工会青年部主張発表大会にて優秀賞(準優勝)を獲得しましたが、優勝できず
全国大会への切符 も手に入れることができず悔しい結果となりました。

最優秀賞は、香川県でした。金比羅大芝居とシェイクスピアという劇空間
プロジェクトと生業のラーメン屋の話しを、落語家のようなしゃべりで
展開されると、ビーチサッカーと廃校活用ビジネスという夢を描いた主張
発表では負けちゃうよなあと思いました。(町長選挙にも出たことのある方でした。)

それでも準優勝ですから。現時点でのベストを尽くせたと僕は思っています。
これも、商工会の事務局の方々やリハーサルでアドバイスを頂いたみなさまの
おかげです。ありがとうございました。3年後くらいに、また出場して、次は
全国大会へ出場します!

徳島ラーメンのとんこつしょうゆがおいしかったですよ〜
夜中の二時でも40分待ちでした。
東大大道本店

ちなみに、主張発表大会では全国大会に行けないですが、全青連会長顕彰の
ネットワーク部門で推薦を頂いているので、仙台には行けるようです。
これが、どのくらいすごいのかどうか、よくわかってないのですが、
ありがたいです。

本番の原稿は次のページに掲載しています。

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<平成19年度中国・四国ブロック 商工会青年部交流会 主張発表>

アロハ〜。瀬戸内のハワイこと山口県の周防大島から来ました、大野圭司と申します。
現在の仕事は父が経営する土木建設会社にて、ホームページ制作等の新規事業部を立ち上げ、営業から制作まで日々走り回っています。

今日は、ビーチサッカーを軸にした廃校活用ビジネスに挑戦する、青年部活動をテーマにお話しさせて頂きます。

周防大島は、淡路島、小豆島に次ぐ瀬戸内海で三番目に大きい本州と架橋されている島で、すぐ隣の島は愛媛県松山市という県境に浮かんでいる、金魚型の島です。人口は2万1千人ですが、島には年間80万人以上の観光客が訪れています。

なぜ周防大島が瀬戸内のハワイなのかというと、日本一のハワイ移民の島だからです。というのも、明治時代の官約移民で、日本全国から3万人がハワイに渡りましたが、その中の約4千人が周防大島の人々でした。当時の島には今の3倍近い6万人も人がいて、長男以外は出稼ぎに出る事が当たり前。なので、出稼ぎに出るならハワイに行ってやろうという、チャレンジ精神溢れる島です。

現在は、ハワイのカウアイ島と姉妹島になり、20年前から役場・銀行・郵便局等の職員さんは6月から9月20日までアロハシャツが正装になっています。道路沿いにはヤシの木がいくつも植栽され、南国情緒を醸し出し、観光協会の加盟店ではハワイの郷土料理「ポキ」なども食べられ、フラの大会も毎年開催されています。今年の5月には、ハワイからホクレア号という、GPSを積まず星を見て航海する古代船が周防大島に寄港したことで、周防大島とハワイとの歴史的なつながりを強く実感することができました。

ハワイ移民のアイデンティティを受け継ぐ島の人々は、出稼ぎ有名人としても活躍しています。

例えば、「一日一歩、三日で三歩、 三歩進んで二歩下がる♪」 で有名な、水前寺清子の365歩のマーチや、北島三郎の「なみだ船」の作詞した日本作詞家協会の会長、星野哲郎先生。星野哲郎先生は名誉町民となり、7月には星野哲郎記念館が完成し、北島三郎をはじめ演歌界の大御所たちが落成式のために島に訪れていました。

他に、生涯の4000日以上、地球4周分歩き、眠れる地域資源を地域ビジネスにまで発展させた、日本を代表する実践的な民俗学者、宮本常一先生がいます。宮本常一先生は、猿まわしの太郎次郎を生み出すことになる「周防猿まわしの会」の復活や、佐渡を拠点に、国際的な活動を行なっている和太鼓集団「鼓童」のルーツとなる鬼太鼓座の結成に尽力しています。

若い世代では、先日の世界陸上女子マラソンで6位に入賞した嶋原清子選手も、周防大島の出身です。そして、ビーチサッカーとつながる岩政大樹というJリーグ鹿島アントラーズの選手もいます。

このように、島を出て全国、全世界で活躍する人々はいるのですが、島の現状は、20年連続、高齢化率日本一の高齢化の先進地になっています。高齢化と同時に少子化も加速し、そしてついに、僕の母校「油田中学校」は平成20年度末で廃校になってしまいます。

みなさんの母校はいかがでしょうか?廃校になっていますか、それとも廃校になりそうですか?

廃校が決定した油田中学校は、僕の父の時代は同級生が100人いたそうで、その25年後、僕の同級生は13人になり、そして今、油田中学校の一学年は7、8人になってしまいました。島内の廃校は僕の母校だけでなく、島にある9校の中学校が5校になり4つが廃校になります。そして、10年後には1校に統合しようという計画が進んでいます。

地域から学校をなくす事を、こんなに早急に決めていいのか。今も僕は疑問を持ち続けています。
統合する事だけが決まり、残された廃校跡地を再活用する議論が島で盛り上がっていない現状に物足りなさを感じています。

廃校問題は決して、周防大島だけの問題ではなく、日本全体の問題です。ですが、廃校が地域にできることをネガティブに捉え続けると、そこからは新しいものが何も生み出されません。だから僕ら青年部は、廃校ができることを地域づくりの大きなきっかけとポジティブに捉え、4月から定期的に議論を重ねてきました。そして今、9月以降はひとけのないビーチと、生徒がいなくなった廃校という二つのもったいない地域資源を活かすビジネスづくりに挑戦しています。

そもそもビーチサッカーとは、砂浜の上で行う5人制のサッカーで、日本サッカー協会の公式競技にもなっていますし、8月のアジア予選に優勝した日本代表チームは、11月もブラジルで開催されるFIFAビーチサッカーワールドカップへ出場する事が決定しています。沖縄には、日本初のプロのビーチサッカーチームもありますし、東は湘南、西は和歌山の白浜がビーチサッカーのメッカとなっています。

なので、僕らは、周防大島の片添ヶ浜という快水浴場100選に選ばれているをビーチを、中四国のビーチサッカーのメッカに育てるために、来年度はビーチサッカーリーグ「ペクペク」を立ち上げます。ペクとはハワイ語で蹴るという意味です。その準備として、今年の夏はビーチサッカー専用ボールを購入し、数人の仲間とビーチサッカーを実験的に行い、今は、10人程度のビーチサッカーチームのメンバーを募集しています。

平成21年度からは、廃校跡地に砂浜と同じ砂のビーチサッカー練習場の整備を行い、練習場の整備と連動し、廃校地域の旅館や民宿と提携し、ビーチサッカーの合宿プランをつくり、広島や松山からも集客を行い、地域経済にも積極的に貢献します。更には、アロハ柄のビーチサッカーボールをメーカーと開発し、東京のサッカーショップで販売する事も目指しています。

そして、4日後の12日には周防大島町教育委員会と議員さんを交えた廃校活用についての協議会を開催し、11月には国土交通省の土地有効活用20選に選ばれている世田谷ものづくり学校へ視察研修を行い、12月には産学官の廃校活用研究チームで、廃校ビジネスの計画を具体化するワークショップを予定しています。

そして、将来的には周防大島にビーチサッカーのプロチームを創り、20年後、8月1日に生まれた僕の娘が二十歳になるころには、山口県の周防大島でビーチサッカーワールドカップを開催し、全世界に周防大島を伝えるという壮大な夢を描いています。ただ、このような大きな夢だけではなく、一番大切にしたいのは、ビーチのエコ活動です。日々の練習や親子の交流試合の後には、海岸清掃を行い、海岸の漂着物を拾いながら、一番身近な周防大島の海から、地球に優しい未来を子どもたちと考えて行きます。

ビーチサッカーから地球に優しい未来へ。

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